山本文緒「群青の夜の羽毛布」

群青の夜の羽毛布 (文春文庫)

群青の夜の羽毛布 (文春文庫)

腐っても家族という絆という言葉が似合う小説でした。



あと、二次元規制について。まー、各種まとめサイトでも見てください。
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51482392.html
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51482177.html

伝統的な道徳―それが、想像であり、創造されたものに過ぎないにしても―をときには過剰なまでに要求する、保守の論理が支配している政党だからね。フェミとかの人たちのことは嫌いでも、結論においては一致。おーばーらっぴんぐこんせんさす。それならフェミを道具としてでも使おうかと思っているんでしょう。まさに政治。まー、中曽根の自民党改憲草案みたいなものが普通に出てくる政党だからね。これくらいの発言は、余裕で予想はつきますよ。保守系国会議員の議員立法のレベルが伝統的に低いことは、すでに最高裁で証明されているが、これも同レベル。
対抗する論理は、価値の多元性の容認、価値の共存。しかし、これは社会の度量が問われる。劣悪な文化に対してでも、存在を肯定する人は少ないだろう。しかし、自分がその劣悪な、低俗な文化に惹かれる可能性は、誰にでもあるのだ。
頭の隅っこでは、価値の多元性といういわゆるリベラルへのコミットメントが、今回の議論に対する対抗議論として機能すると思っている。だが、日本では、リベラルが根付いたことはない。安保の終焉、冷戦の終結と、徐々に世界観闘争が終了していった後の日本に根付く筈だった発想、と思っているのだが(注意。yusuke22さんは20代後半の男性です。安保の現役のころは知りません。)、書いていく途中で整理しなければならないことが山のようにあるので、ここでは私のおもいつきでとどめておきます。
目下のところ、自分の課題は、多元性、多様性の容認に対するコミットメントを広めていくこと。そして、多元性を容認してもなお、承認されない限界点はどこかを、アニメ、ゲームなどの二次元分野について示すこと。さらに、この前提として、自分が絶対に多数派を形成している、という自覚を崩すこと、かな。あー、課題をつらつらと書いているだけで話が大きいなー。金律花(キムリツカ)さんにもちょっと相談してみよう。