北杜夫「神々の消えた土地」


神々の消えた土地 (新潮文庫)

神々の消えた土地 (新潮文庫)

あの頃、戦争は日と共に、錯乱と惰性と狂気とを産んでいた。

この、印象的なフレーズで始まる。戦前の中学から高校生までの生活を描く北杜夫の「神々の消えた土地」。
知子さんがツ、ツンデレだぁぁああーーーー!!!とまぁ、釘宮病患者的な反応は置いておく。

松本高校の学生が感じる、召集の恐怖と、その裏返しの反発。で、ストーム。寮歌。ダベリコンパ*1。例えば、68頁のあたり。
戦争は錯乱と狂気を産む。一般人を、軍の一部だと思い込ませる。そして、自分の力を鼓舞する。軍隊の強さを自分の強さと思い込む。主人公の升本則雄も例外ではない。玉砕を覚悟していた、バンカラな中学時代。

しかし、一人の少女、クロエー=知子と出会う。知に目覚める。最初から何も入っていない、変に曲がっていない頭脳は、吸収も早い。どこか、素朴さを残しながら。

惰性。中学からの、まだ大人になりきれない、惰性。
主人公の境遇に、ついつい、主人公に自分を投入してしまう。

疎開も兼ねて、松本高校寮へ。そこで出会う、知性たち。当時の高校生だから、エリートです。知性とは、ただ博識、本を読んでいるだけではない。知性には、さぼりのコツも、酒の飲み方も含まれる。説教ストームの返し、便所が汚い。ん、、、これは、間違ってはいないが、もっと観念的な返しをした方が良いと思います。こんなことできるのは、この時期しかないんだから。

知に触れながら、知子との通信。一挙手一投足に読んでいるこっちも舞い上がります。
そして、再び再会する知子=クロエー。泉が近づくにつれて顔がこわばる知子は、処女喪失の恐怖だろう。そして、初めて触れる男性性に対する恐怖でもある。

他方、升本則雄。やはり興奮するのは一緒。そして、結びあう二人。ニンフの泉の前で、自然と一体化した性行為。青姦。この世のすべてが、一つになる瞬間。そして、世界が二人を見守っている、瞬間。松本の山々の自然という、神の祝福。神々が存在している土地。

だからこそ、甲府に戻った知子が、空襲によって喪失した以降は、たとえ戦争の終結という重大事であっても、「それ以来の疲弊と混乱を書きつづっても何になろう」と回想(209頁)。神々に見守られた、そして、自分が神々の一員でもあった高原でのセックスが至上の性行為であって、それ以外にはありえないんだから。そして、体験者のもう一人は、この世には存在しない。

最初、神々の消えた土地と思い、ついつい、岐阜県の飛騨高山の話なのかなーと思っていました。坂口安吾的に。でも、筆者の思い出話なのね。自然の雄大さ。松本高校の生活。戦争が生む、狂気と錯乱と惰性。主人公と知子の甘酸っぱい、稚拙な恋愛。星5つです。

ま、どうでもいいけど、大学院の時に松本出身の後輩がいたので、彼の話を思い出しながら、読みました。長野県って足を踏み入れたことがないなー。一度行く機会があったらこの小説の舞台を訪ねてみたいです。

*1:たぶん、この雰囲気を理解できるのは旧い大学の出身者、特に国立大学だけだと。それでも、博物館的な存在として生き残っているだけだからなー。こういうのって、人に対してアイデンティティ帰属意識を与えるための重要な背景的文脈なんだよね。でも、楽しい、よ?