綾崎隼「初恋彗星」

初恋彗星 (メディアワークス文庫)

初恋彗星 (メディアワークス文庫)

本日は、綾崎隼さんの新刊。前作とは世界観が同じだけ。直接のつながりはあんまりないです。
前作の感想→http://d.hatena.ne.jp/yusuke22/20100312/1268408193

読んでいて、前半は紗雪、後半は主人公の柚希くんにイライラ感を覚えました。読み終わっても、なんとなく釈然としない感情でした。でもこれは、作者の術中に嵌っている。紗雪も柚希も、どちらも、最悪ではないけど、最善ではない選択をしているから。そして、それを自覚しているから。

柚希、紗雪、星乃叶。この三人は幼馴染。恋愛の矢印は、「紗雪→柚希くん⇔星乃叶」という状態。紗雪の選択は、柚希が星乃叶と幸せになること。星乃叶が柚希と幸せになること。そのためになら、自分を殺しても構わない。異常な女。

でも、星乃叶は引っ越して離れ離れになった後、事故で植物状態になってしまう。紗雪は星乃叶を装って、柚希に手紙を書き続ける。それが柚希にバレたとき、柚希は当然怒るわけで、でもそれを覚悟の上での紗雪。

二人のために狂うことも出来ないなら、死んだ方がマシだもの

201ページより。

星乃叶が目覚めた後は、幼児退行。子供と同じ。昔の約束、ハレー彗星を見るという約束も忘れてしまう。星乃叶(目覚める前)の人格と星乃叶(目覚めた後)の人格は全く別のもの。

柚希くんの恋の相手は、星乃叶(目覚める前)。星乃叶(目覚める後)は、、、、、
イライラ感が募るのはここ。紗雪の気持ちに気付いてやれよ、少しは紗雪も選択肢に入れてあげなよ、星乃叶と紗雪の間で葛藤くらいはしろよ、と。
前半で、柚希くんへ告白する水村玲香さんがいるんですよ。当然水村さんに対して、柚希くんは星乃叶(目覚める前)を理由として断るんですけど。

でも柚希くんのことを好きになれてよかった。私って結構人を見る目がないのね。でも柚希くんは仲良くなってみたら、想像以上に素敵な人だった。すごく好きなりました

108頁より。この心境なんですよ。普通は。だから読んでいて、私は柚希くんも早く紗雪を恋愛対象として認識して、水村さんみたいに星乃叶(目覚める前)への恋心を思い出に消化すれよー、と。

でも、小説の世界はそうは行かない。読者たる私は作者の手のひらで遊ばされている。紗雪を恋愛対象として認めるようになったのは、柚希が27歳になってから。実に、水村さんとの思い出の一件があってから10年以上も経過して、同じ心境に至るわけで。

結局、星乃叶(目覚める後)は、柚希と紗雪の娘として落ち着く。柚希は、星乃叶(目覚める前)の思い出を抱えながら、紗雪を妻として、星乃叶(目覚めた後)を、自分の娘のように可愛がって残りの人生を過ごす。読んでいて思う。星乃叶(目覚めた後)の精神が成長してからは、幼馴染の三人が、そのまま大人になってしまったことと同じだって。思い出は上書きされているけど。
結末が最悪でもないが最善でもない。だからモヤモヤするし、欲求不満。でも、これって作者の手のひらで遊ばされているんだよなー。